大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宮崎地方裁判所 昭和36年(行)3号 判決

原告 旭商事株式会社

被告 宮崎税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和三五年六月二三日、原告の昭和三三年一〇月一日より昭和三四年九月三〇日までの事業年度における課税所得金額を金八万二、〇〇〇円、法人税額を金二万七、〇六〇円とした法人税更正決定処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として

(一)  原告は被告に対し、原告の右事業年度における法人税について、所得金額、法人税額共になしとの申告をなしたところ、昭和三五年六月二三日被告より請求の趣旨記載のとおりの更正決定処分(以下本件更正決定と云う)を受けた。

(二)  而して本件更正決定の理由とするところは、原告会社は昭和三三年一〇月一五日その株主たる訴外財津徳子に対し、原告所有の

宮崎市松山町四番地

一、宅地 三六坪

同所

一、建物 六七坪二合二勺

「家屋番号同所六七番の二

(1)  木造瓦葺二階建居宅 建坪 二〇坪八合

外二階坪二〇坪二合九勺

(2)  木造瓦葺平家建倉庫 建坪 三坪」

を金五〇万円で売渡したが、その時価は金九六万七、七五五円が相当であつて、その差額金四六万七、七五五円が原告の売上洩れ利益である、従つてこれを加えると原告の当期課税所得金額は金八万二、〇〇〇円であるから(原告には前期まで金三八万五、七五五円の欠損があつた)その法人税額は金二万七、〇六〇円となる、と云うにある。

(三)  しかしながら、前記土地建物(以下本件物件と云う)は原告が昭和三三年三月一日金四五万円で競落して所有権を取得したものであるが、その家屋の部分は当時朝鮮連盟宮崎事務所として使用されていたもので、明渡しも困難を極めたうえ、建具、畳等も取除かれておるなど、荒廃の度も著しく、適当な買手もつかないまま、やむなく原告において一応の修理を加えたのみで、右財津に金五〇万円で売却した次第である。右の様な状態では本件物件の時価は金五〇万が相当であると云わざるを得ないから、原告の申告に何等の脱漏はない。

(四)  そこで原告は本件更正決定を不服として、昭和三五年七月一九日被告に対し、再調査の請求をなしたが、同年九月二七日棄却され次いで、同年一〇月二二日熊本国税局長に対し審査の請求をなしたが、昭和三六年三月二三日棄却され、同月二六日その旨の通知を受けた。

(五)  しかしながら本件更正決定には前記のとおり、本件物件の時価を過大に評価した違法があるから、その取消を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、被告の主張に対し

(一)  原告が不動産の売買を業とする同族会社であることは認める。

(二)  本件更正決定には、所謂売買差益率による評価方法が採用されているが、一体に土地家屋と云う商品は個性の強い商品であるから右差益率は相当量の取引を基礎としてこれを算出するのでなければ合理的でない。殊に被告主張の差益率の算定には別表一(2)の物件も含まれているが、同物件は、原告が昭和二七年頃取得したものを昭和三三年に至り売却したものであつて、当然その間の一般の物価値上りの影響が含まれている訳であるから右算定に際しては同物件はこれを除外すべきものである。又原告は同表(1)の物件につき金二万円、同(3)の物件につき金九万円の各仲介手数料を支払つてこれを売却している。そこで、右(1)(3)の物件の売買例に基き右手数料を各除外して、仮に、実質的な売買差益率を算出すると

(293,175-20,000)+(354,695-90,000)/850,000+880,000=0.310

となり、これを本件物件の場合に適用すると、

530,000/(1-0.31)=768,592

となる。即ち、原告が本件物件を仲介人の手を経ずに売却した場合には金七七万円程度で売却できたであろうことが一応推測される。しかし右は本件物件があくまで通常の状態であつた場合のことであつて、実際は前記のとおり朝鮮連盟により屋内が相当破壊されていたため、原告において一部の修理を施したうえ、訴外財津もその復旧に金二二万二、一二八円を要した程であつた。従つて前記七六万八、五九二円より右二二万二、一二八円を差引くと金五四万六、四六四円となり、原告が本件物件を金五〇万円と評価したのも決して不当ではない。

(三)  別表四の鑑定は昭和三二年八月頃なされたものであつて本件物件の譲渡の時とは一年以上の懸隔があり、又競売物件の評価は幾分高目になされるのが一般であるから、本件物件の参考評価額として不適当である。

(四)  原告が本件物件を取得したのは、通常と異り、公の競売によるものである。本件物件が特別辺ぴな場所にあれば格別、そうではないのであるから、競落価格は時価を左程下回るものではない。よつて原告がこれを金五〇万円と評価したのは不当でない。

と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、請求原因第一、二項は認める、同第三項中原告が財津徳子に売却した本件物件は金五〇万円が時価相当額であるとの主張は争う、その余の事実は不知、同第四項は認める、同第五項は争うと述べ、主張として

(一)  原告は不動産売買を業とする法人税法第七条の二所定の同族会社である。原告は昭和三三年一〇月一五日その代表者田中重藤の長女である(従つて右代表者の同族関係者となる)財津徳子に対し本件物件((販売原価五三万三三〇円―取得原価四七万二、七七五円(費用を含む)プラス修繕費五万七、五五五円))を金五〇万円で売却したが、右譲渡時におけるその時価は後記のとおり金九六万七、七五五円が相当である。よつて本件物件を時価に比し不当に低い価格で売却し、金三万三三〇円の損金を生じたとの原告の計算を容認するにおいては法人税の負担を不当に減少させる結果となるので、被告は法人税法第三一条の三第一項に基きこれを否認し、売却価格と時価との差額金四六万七、七五五円を原告の益金として計算し、本件更正決定をなした次第であつて、本件更正決定に何等の違法はない。

(二)  本件更正決定において、被告の採用した本件物件の時価算定方法は、原告の当期における不動産取引の実績に徴して売買差益率を算出し、原告の本件物件の売上高を基礎として右差益率によりこれを推計する方法であつて、その算出課程は次のとおりである。

1  売上高

(一) 原告表示売上高 三九七万四、〇〇〇円

(二) 本件物件の売上高 五〇万円

(三) 差引その他に対する売上高三四七万四、〇〇〇円……(A)

2  売上原価

(一) 原告表示売上原価

(1)  期首棚卸高            一四五万四、七六九円

(2)  期中仕入高            三五七万九、八五五円

(3)  期中修繕費             三一万二、八四六円

(4)  期末棚卸高            二九一万六、七〇〇円

(5)  差引売上原価((1)+(2)+(3)-(4))  二四三万七七〇円

(二) 本件物件の売上原価

(1)  仕入高    四七万二、七七五円

(2)  修繕費     五万七、五五五円

(3)  合計売上原価   五三万三三〇円

(三) 差引その他に対する売上原価((一)-(二))一九〇万四四〇円

3  その他に対する売買差益(1-2) 一五七万三、五六〇円……(B)

4  本件物件以外の物件の取引を基礎として算出した売買差益率

(B)/(A)×100=1,573,560/3,474,000×100÷45.2(%)

よつてこれを本件物件の売買について適用すると

530,330/(1-0.452)÷967.7755

となる。即ち、原告がもし本件物件を同族関係者以外の者に売却した場合には右九六万七、七七五円で売却したであろうことが推測される。

(三) 尤も右差益率の計算には山林の売却損及び高鍋町所在の土地建物の売買例も含まれているので、原告所有の宮崎市内における類似不動産の売買状況(別表一のとおり)により算出した売買差益率四六、一%によることがより妥当である。

(四) しかしながら、個別評価が可能な場合には、これによるべきであるから、右の差益率による方法によらず、本件物件を個別に評価すると別表二のとおりとなる。そこでこれを第三者である株式会社日向興業銀行並びに当裁判所昭和三二年(ケ)第一〇九号不動産競売事件における土地家屋調査士久永要吉の本件物件の各評価例(別表三並びに四)と比較した場合、これらはいずれも被告主張の評価額金九六万七、七五五円を上回るものであつて、右評価の正当性を裏付けるものである。

(なお、原告の再調査請求に対する被告の適否の判断及び審査請求に対する熊本国税局長の適否の判断は個別評価額によりなされ売買差益率により推計した評価額は参考評価額として採用した。)

と述べ、原告の主張に対し

(一) 原告は別表一(2)の物件は差益率算定の資料として不当である旨主張するが同表(1)(3)の各物件は仕入後直ちに販売したものである。従つて物価変動の影響を受けない売買差益二件とその影響を受けた売買差益一件とを平均して算出した売買差益率は本件物件が取得後八ケ月を経過して売却されたものであることにより、その評価額推計の根拠として極めて妥当なものである。又原告は販売手数料を原価に算入して差益率を計算すべきである旨主張するが、右手数料は販売費として他の営業費と共に売上総利益より別途除外すべきものであり、売買差益率の算出に影響を与えるものではない。

(二) 原告は朝鮮連盟が既に入居していた家を購入したものであつて、購入後に入居させ、破損したものではない。しかもその居住期間は二、三ケ月程度であつて、かかる短期間に原告主張の様な破損があつたものとは考えられない。

(三) 被告主張の本件物件の評価額は、訴外財津に対する譲渡時におけるものであり、右財津が家屋に修理を加える以前の評価額である。

と附陳した。

立証〈省略〉

理由

(一)  原告主張の請求原因(一)(二)(四)の各事実、並びに原告が不動産の売買を業とする法人税法第七条の二所定の同族会社であることは当事者間に争いがなく、原告代表者本人尋問の結果によれば、本件物件は昭和三三年二月末頃原告が金四五万円でこれを競落し所有権を取得していたことが認められる。

(二)  そこで本件更正決定の適否について判断することとする。

(1)  先ず、成立に争いのない甲第二五号証に証人堀好文並びに同小倉光の各証言によると、被告が本件物件を金九六万七、七五五円と評価したのは、原告の当該事業年度における不動産の全売却例を基礎として被告主張の如き方法により売買差益率四五、二%を算出し、これにより右評価額を算定したものであることが認められる。

(2)  ところで問題は、右の差益率の当不当にあるのではなくして、本件更正決定における被告評価額金九六万七、七五五円が譲渡時の時価として客観的に適正なものと認められるか否かにあるのであるから、以下これについて検討することとする。

(3)  証人堀好文の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一、二号証の各一、二によると、株式会社日向興業銀行の昭和三〇年六月二九日当時における本件物件の債権担保としての評価額は別表三のとおりであり、又成立に争いのない乙第三号証によれば、当裁判所昭和三二年(ケ)第一〇九号不動産競売事件における鑑定人久永要吉(土地家屋調査士)の同年八月当時における本件物件の評価額は別表四のとおりであることが認められる。更に弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第四、五号証の各一、二、並びにその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第五号証の三によれば、本件物件の所在地に隣接する宮崎市川原町三七番地の宅地につき、昭和三三年九月一七日これを坪当り約金五、八七一円で売却し、その旨の再評価申告書が被告宛提出された事例の存すること、並びに宮崎市神宮東町四番地所在の建築後約二五年経過した建物(本件物件の建物は建築後約二〇年を経過したものであることが前記乙第三号証により認められる)につき、昭和三三年一二月二一日これを坪当り約金二万五、三一六円で売却し、その旨の再評価申告書が被告宛提出され、被告よりこれを是認された事例の存することが認められる。更に又、成立に争いのない乙第七号証の一及び証人小倉光の証言によつて真正に成立したものと認められる同号証の二に右小倉光の証言によると、財団法人日本不動産研究所宮崎分室における調査によれば、本件物件の所在地は昭和三三年九月末日現在において、住宅地として一級地(坪当り金一万二、〇〇〇円)と二級地(坪当り金七、〇〇〇円)の中間に位置すること、又建物建築費としては簡易住宅程度のものであつても、坪平均金三万円を要することが認められる。以上の認定事実を綜合すると本件物件の譲渡時の時価は少くとも別表二記載のとおりであつたと認めるのが相当である。(原告は別表四の鑑定人評価額は、一般に競売物件の評価は幾分高目になされるものであるから参考評価額として不適当である旨主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠はなく、又一般にかゝる慣習が存するものとも認められない)

(4)  原告は本件物件の家屋には、競落後朝鮮連盟が入居し原告主張の如き大損害を与えていたため、原告のみならず訴外財津徳子においてもその復旧修理費として金二二万二、一二八円を要した程で、本件物件の時価は被告主張の評価額よりも下回るものである旨主張するので、判断するに、成立に争いのない甲第二八号証と証人財津徳子の証言及び原告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一乃至第二四号証に、右財津の証言並びに原告代表者本人尋問の結果によると、右財津が本件家屋について金二二万二、一二八円を支出した事実が認められるけれども、乙第八号証の記載、証人堀好文、同金田光城こと金奎泰の各証言を綜合すると、右金員が修繕費として支出されたものであるとしても、なお譲渡時の本件家屋の時価は別表二記載を上回るものであることが認められる。

証人中島とめ、同財津徳子、同松井睦(二回)及び同外園登(二回)の各証言、並びに原告代表者本人尋問の結果中には原告の主張に副うが如き部分もあるが、やゝ誇張に過ぎる部分もあり、かつ前記乙第八号証の記載並びに証人堀好文及び同金田光城こと金奎泰の各証言に照らし、たやすく措信し難い。従つて原告の右主張は理由がない。

(5)  又原告は不動産競売事件における競落価格は、不動産の所在地が特別辺ぴな場所である場合等特別の事情なき限り、時価を左程下回るものではない旨主張するが、前顕乙第三号証によれば本件物件につき競売の申立があつてよりその競落時まで約半年以上を経過しておることが認められるところ、その間所謂最低競売価格も順次低減され、しかも、公売とは云え、参集する競買希望者は不動産売買業者等特種、かつ、少数のものに限られるのが通常であつて、競落価格は一般物件の売買価格と異り、時価よりも相当低廉であることは顕著な事実である。従つて原告の右主張も理由がない。

(6)  以上のとおりで、被告主張の本件物件の評価額金九六万七、七五五円は相当であると認められるところ、原告は不動産売買業者であるから、訴外財津の如き原告代表者の同族であり、株主(同訴外人が原告代表者の長女であることは原告の明らかに争わないところであり、かつ、原告会社の株主であることは原告の自認するところである)である者以外の者に本件物件を売却する場合には、通常右の価格以上で売却したであろうことが推測される。よつて原告の計算を容認した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となるものと認めて法人税法第三一条の三第一項に基きこれを否認し、右価格と原告の本件物件の売買価格金五〇万円との差額金四六万七、七五五円を原告の脱漏所得と認定し、これより原告の前期までの欠損額金三八万五、七五五円を控除した金八万二、〇〇〇円を原告に対する当期課税標準とし、法人税法所定の税率によりその法人税額を金二万七、〇六〇円と決定した本件更正決定に何等の違法は存しない。

(三)  以上によつて、本件更正決定の違法を前提としてその取消を求める原告の本訴請求は、爾余の争点につき判断するまでもなく、失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田普一郎 野田栄一 田村承三)

別表

取得年月日

所在地

種類

坪数

取得金額

売却年月日

売却金額

売買差益

(1)

三三、一〇、四

丸島町

三丁目

宅地

建物

一〇〇、〇〇

二九、〇八

外 四六、二二〇

五一〇、六〇五

三三、一〇、九

八五〇、〇〇〇

二九三、一七五

(2)

二七、一二、一五

二八、七、三〇

黒迫町

二丁目

宅地

建物

宅地

八七、〇〇

四〇、〇〇

五、二二

二九〇、五〇五

外 一二、九五〇

二一九、一一七

二五、五五〇

五四八、一二二

三三、一〇、五

一、三〇〇、〇〇〇

七五一、八七八

(3)

三四、四、二二

別府町

宅地

建物

五三、八四

二七、九六

五二五、三〇五

三四、五、一

八八〇、〇〇〇

三五四、六九五

合計

三、〇三〇、〇〇〇

一、三九九、七四八

区分

坪数

坪当り価格

評価額

宅地

三六坪〇〇

四、〇〇〇円

一四四、〇〇〇円

住宅

四一、〇九

一八、〇〇〇

七三九、八〇〇

(修繕費 五七、五五五)

倉庫

三、〇〇

八、八〇〇

二六、四〇〇

九六七、七五五

区分

坪数

坪当り価格

評価額

宅地

三六坪〇〇

三、五〇〇円

一二六、〇〇〇円

住宅

四一、〇九

二〇、〇〇〇

八二一、八〇〇

倉庫

三、〇〇

一〇、〇〇〇

三〇、〇〇〇

九七七、八〇〇

区分

坪数

坪当り価格

評価額

宅地

三六坪〇〇

七、〇〇〇円

二五二、〇〇〇円

住宅

四一、〇九

八二三、〇〇〇

倉庫

三、〇〇

一、〇七五、〇〇〇

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例